四季百景和歌山市

和歌山市湯百楽 連載コラム かわら版

最終回 第8代将軍吉宗の功績

和歌山城  今から300年前の享保元年(1716)。第7代将軍・家継が8歳でこの世を去り、徳川将軍家の直系が絶えた後、御三家筆頭の尾張を抑えて紀州徳川家の吉宗が第8代将軍に就任しました。吉宗は紀州藩主時代の経験を活かし、次々と幕府の改革に乗り出します。まず水野忠之を老中に任命して財政再建をスタート。定免法や上米令による財政収入の安定化。新田開発の推進、足高の制の制定などの官僚制度を改革。司法制度改革として公事方御定書を制定し、大岡忠相を江戸町奉行に抜擢するなど、悪化した幕府の立て直し改革を図り、江戸三大改革の1つである享保の改革を行いました。
 また庶民の意見を政治に反映させるために目安箱を設置したり、小石川養生所の設置、漢訳洋書輸入の一部解禁といった改革も行い、武芸を奨励しました。これらの改革は、藩政改革を担った経験のある吉宗だからこそ成し得たことといえるでしょう。
 延享2年(1745)、将軍職を長男・家重に譲りますが、大御所として引き続き実権を握り続けます。将軍引退から6年後の寛延4年(1751)6月20日、吉宗死去。享年68歳でした。「家康の再来」と称えられた名君は、今も和歌山市民の誇りとして、人々の暮らしに息づいています。

徳川吉宗公之像

徳川吉宗公之像

貞享元年(1684)10月、紀州藩第2代藩主徳川光貞の四男として、報恩寺のすぐ西にある吹上邸で誕生した吉宗。和歌山城前にある和歌山県立近代美術館前には、馬に乗った堂々たる姿の像を見ることができます。

住所 和歌山県立近代美術館前(和歌山市吹上1丁目4-14) MAP 18
交通 和歌山バス「県庁前」下車徒歩2分

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