四季百景和歌山市

和歌山市花百彩 連載コラム かわら版

第1回 吉宗誕生

 『刺田比古神社』、通称『岡の宮』は、古くは秀吉の時代から歴代藩主に本城鎮護の神として崇拝されてきた神社で、『吉宗拾いの親』の神社として知られています。

 吉宗は、貞亨元年(1684)、城下吹上邸で、紀州藩二代藩主・徳川光貞の四男として誕生。母はお由利の方という女性であったと伝えられています。

 当時、厄年に生まれた子供は捨て子にすれば丈夫に育つという風習があり、光貞の厄年に生まれた吉宗も誕生と同時に扇之芝(和歌山城追廻門周辺)に捨てられます。この時、刺田比古神社の宮司・岡本長諄が蓑と箒で拾い、厄払いの儀式をしたことから、拾い親になったといわれています。その後、家臣の屋敷で5歳まで育てられることに。四男であったことから、当時の吉宗には輝かしい将来は約束されてはいませんでした。

 身長が六尺(180センチ)を超える大男と伝えられている吉宗は、たいそうな力持ち。力士と対戦して投げ飛ばしてしまったり、狩りに出ては大猪を鉄砲の台尻で倒したりと、剛勇なイメージの逸話が残ります。一方、学問の面では法律や算術、地理などに興味を示し、後に紀州藩の財政再建策として新田開発に力を入れることとなります。

 元禄10年(1697)、5代将軍綱吉より越前丹生を与えられ藩主に。さらに宝永2年(1705)、兄たちと父が相次いで病死したことにより、第5代紀州藩主となり、名を『吉宗』と改名。不遇の四男坊が、いよいよ歴史の表舞台に躍り出ることとなるのです。

名称 刺田比古神社(さすたひこじんじゃ)
住所 和歌山市片岡町2-9
問い合せ 073-422-6576
開口時間 7:00〜19:00
料金 無料
交通 和歌山バス「岡山町」下車徒歩5分

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